無門関第23則にある公案で、禅の初祖達磨から数えて六代目
の恵能が師から自分の跡目を移譲した証拠に師が着ていた衣と
食器の鉢を渡されたのだが、師の高弟の神秀を差し置いて末席
の恵能に引き継がれたことに悲憤した恵明が後を追ってそれを
取り返しに追って来てつかまえた。しかし、衣を取ろうにも衣
と鉢が山の如くに動かない。そこで恵明は恵能の悟りを本物と
知り逆に教えを乞うた。それに対して恵能は不思善、不思悪、
物事を善悪、美醜など相対的に価値付けをするのではなく、そ
のことの本質、もっと言えば自分自身の本来の姿を人間本来無
一物の世界に引き下げて自分を見つめ、改めて出直すことをす
すめた。
私達は生まれて以来、今まで得た知識で物事を常に判断し、二
者択一で決定することを良しとして来た。戦争は勝者が正義で
敗者は悪、人を殺すのは悪で、成功した革命は正しいと言うよ
うなものである。医師にとっては患者さんの生や死に対して少
なくとも価値の大小をはかることだけはしてはならないもので
ある。
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